なぜネットやSNSには「中卒でも大丈夫」という情報が多すぎるのか。希望と危機感の話

こんにちは!

こうくん。です。(詳しいプロフィールはこちらから)

ネットやSNSを見ていると、中卒に関する情報って、なぜか似た方向に寄っている気がするんですよね。

「中卒でも問題ない」「中卒でも成功できる」「学歴は関係ない」

もちろん、嘘じゃない話も多いと思います。

でも正直、僕はずっと違和感がありました。

「希望ばかりで、危機感の話が少なすぎないか?」ということに。

というわけで今回は、僕が感じる「中卒でも大丈夫」という希望情報について考えていきます。

誰かを傷つけたり否定したいわけではありません。考え方の整理としてまとめています。

希望のある話は、拡散されやすい

まず、構造の話になります。

希望がある話は、

  • シェアされやすい
  • 炎上しにくい
  • 誰も傷つけにくい

だから、ネットやSNS上では生き残りやすくなるわけです。

逆に、「中卒は不利になる場面がある」「現実はそんなに甘くない」

こういう話は、嫌われやすいし、敬遠されがちだと思うんですよね。

結果、希望だけが残るようになります。

けれども、僕自身、中卒で思うんだけど実際問題「希望だけ」になると信憑性に欠ける気がしてしまうんですよね。

物事は表裏一体じゃないですか。

で、あまりにも「中卒だけに朗報」みたいなの多すぎやしませんか?

例えば、ネットショッピングや美味しいお店を探す時に商品の口コミを見たりすると思います。

僕だけかもしれないけど、その時に「良い口コミ」だけしかなかったら、なんか違和感を感じてしまうわけです。

とあるサービスの口コミに関するアンケートで「約9割の人が悪い口コミもある方が信頼できる」っていうのがあったんだけど、中卒関連の「希望」に関する内容もこれと同じように感じてしまいます。

危機感のある話は、受け取る側がしんどい

危機感の話って、聞く側にも覚悟がいりますよね。

  • 今のままで大丈夫か
  • 将来どうなるか
  • 何を積まないと詰むか(スキルや知識)

これを突きつけられると、正直しんどくなります。

だから人は、無意識に安心できる情報だけを選んでしまうわけです。

心理学でいう正常性バイアスに近い状態になります。

正常性バイアスについては下記の記事でまとめています。

中卒で生きてきて気づいた「正常性バイアス」の罠

僕自身、貧困を理由に中卒になっているんだけど、中卒になった場合の「希望」って自分でコツコツ積み上げて変化させていくしかないと思うんですよね。

経験上だけど、一発逆転みたいなものは、宝くじが当たるのを待っているようなものだと思います。

簡単に手に入る情報で人生レベルで変化させるのは難しいじゃないですか。

「中卒でも大丈夫」は、半分だけ正しい

「中卒でも大丈夫」は半分だけ正しいと思うんですよね。

ここが一番言いたいところで中卒でも大丈夫な人は確かにいるわけです。

でもそれは、

  • 働き続けた
  • 学び続けた
  • 環境を選び直した

こういう行動があった人に限られてきます。

何もしなくても大丈夫とは、誰も言っていません。

でもSNSやネットでは、そこが省略されがちなわけです。

確かに「大丈夫」という言葉には希望がありますよね。

何かと、偏見をもたれやすい中卒だからこそ「大丈夫」という希望をたくさん使いたくなる気持ちはわかります。

けれども、この「中卒でも大丈夫」というのは、「やるべき事をやった人」に限るわけです。

何者かになるために行動を続けている人にはやがて「成果」という報酬が入ります。

ここが勘違いしやすいとこで「中卒でも大丈夫」という言葉を聞くと一発逆転のような「何か良い情報がある」と勘違いしてしまうニュアンスがありますよね。

この部分はしっかりと切り分けて考えておく必要があると思います。

とはいえ、偉そうな事言っている僕自身、成功してないですけど。(笑)

危機感は、人を追い詰めるものじゃない

危機感って聞くと、ネガティブに感じるかもしれません。

でも僕は、こう思ってるんですよね。

危機感は行動を始めるためのセンサーなのかなと。

怖がらせるためのものじゃなくて、現実を見失わないためのものなわけです。

希望だけだと足元が見えなくなるけど「危機感」というものがあると地に足のついた状態でいられます。

僕もこの「危機感」というものがあったらからこそ、高校にも進学していない中卒で人生詰まずに、子育て完了までやってこれました。

僕が中卒になった原因が「貧困」なので常に貧困に対する危機感があったわけです。

だからこそ、「中卒でも大丈夫」という状態になるように、社会で通用するものをコツコツ積み上げて生き抜いてきました。

僕自身、危機感がなかったら止まってた

正直な話、もし僕が「中卒でも何とかなるっしょ」だけを信じていたら、今の自分はないと思うんですよね。

  • このままで大丈夫か
  • 5年後どうなる
  • 積み上げてるか(成長しているのか)

さっきも話したけど僕の場合は「貧困」というこの危機感があったから、立ち止まって考えたし、動き続けることができました。

当然、メンターになるような人がいなかったので、無駄な事をたくさんしてきたし、遠回りばかりだったんですよね。

実はこのブログと同じような「中卒テーマ」で初めて発信をしたのが20代後半だったんだけど、その時は人生経験が少なすぎて何度か辞めています。

で、その後40代になり子育てまで完了した時点で、また再開したって感じですかね。

後は行動を続けてこられた大きな理由の一つに、早く結婚したってのもあります。

[早婚]21歳で結婚して子育てまで完了した僕が伝えるメリット・デメリット完全版

希望と危機感は、セットで持つもの

「希望」と「危機感」はどちらか一方じゃダメだと思うんですよね。

  • 希望だけ → 現実を見失う
  • 危機感だけ → 動けなくなる

ちょうどいいのは、「いけるかもしれない」+「でも今のままは危ない」このバランスなわけです。

イメージ的には「少しの希望と少しの危機感」ってところなのではないかと。

どちらも過度に意識しすぎると問題が起きた時のダメージが大きくなります。

例えば、「まぁ、中卒でも大丈夫でしょ」なんて淡い期待だけ持ち続けて、何も積み上げない状態で年を重ねたとします。

自分の武器となる知識やスキルは何もありません。

ある時、勤め先が経営不振で倒産しました。

この時すでに年齢は50代です。

いざ、転職活動をしようといくら頑張っても50代で何もアピールできるものがないと、厳しいものがありますよね。

これが同じ中卒で10代とかだったら将来を加味して雇ってもらえる可能性はあるけど、年齢を重ねた場合は現実的に厳しいわけです。

で、これとは反対で「危機感」だけ強くあっても「中卒でヤバイのは分かるけど失敗怖いし」って行動に移せなくなったりしますよね。

行動に移せないって事は「何も変わらない」に続いていくので危険な状態になります。

今の例え話は僕が実際に中卒の世界で見てきたことです。

なので、全く意識しないのはよくないけど「希望」と「危機感」はバランスよく、軽く頭の片隅に置いておく程度でいいと思います。

おわりに

今回は「中卒の希望と危機感」についてでした。

SNSやネットに中卒の希望が多いのは、優しさだと思うんですよね。

でも、危機感まで消してしまったら、それは不親切にもなるわけです。

中卒でも、人生は続きます。

だからこそ、希望を持ちながら、危機感も捨てない。

それが、一番現実的で、一番遠くに行ける姿勢だと、僕は思っています。

では、そんな感じで、

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以上です!!

ありがとうございました

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