一般的に言われる「底辺職」って何なんだ?感情を抜いて中卒が整理してみた

底辺職

こんにちは!

こうくん。です。(詳しいプロフィールはこちらから)

ネットを見ていると、ときどき目に入る言葉があります。

「底辺職」ってやつです。

正直、聞いて気持ちのいい言葉ではありません。

でも一方で、この言葉がなぜ生まれて、なぜ使われ続けているのかを感情だけで、切り捨てるのも違う気がしているんですよね。

この記事では、

  • 特定の職業を下げる
  • 怒りで反論する

そういう話はしません。

「底辺職」と呼ばれやすい構造を、できるだけ冷静に整理してみます。

というわけで今回は中卒の僕が考える「底辺職」についてです。

「底辺職」は職業名ではない

職業名ではない

まず大前提になります。

「底辺職」というのは、

  • 正式な分類でも
  • 公的な定義でも

ありません。

これは職業そのものを指している言葉ではなく多くの場合「働き方」「環境」「条件」に対して貼られた、かなり雑なラベルだと思うんですよね。

僕は中卒なんで社会でよく例えられるのが「底辺」ってやつです。

で、学歴がない場合は学歴条件をクリアできない仕事が多いので、「誰でも入れる会社」に就くことが多いと思います。

その中で「誰でも入れる」というのは、入社段階でスキルや知識が求められることが少ないので、待遇面が悪い傾向があるわけです。

だからこそ、「中卒=底辺職」って言われがちになるし、実際にそのような環境で働いている、中卒が多いから「中卒底辺」って言われやすくなると思うんですよね。

実際に僕自身、金属加工の工場で経験積んできたけど、家族を養うくらいの収入はあるので、そこまで底辺感がないわけです。

まぁ、作業着とか着て汚れたりする仕事を総称して「底辺」ってなるのかもしれません。

なぜそう呼ばれる職が生まれるのか

なぜそう呼ばれる職が生まれるのか

よく「底辺職」と言われがちな仕事には、いくつか共通点があります。

  • 体力的にきつい
  • 給料が高くない
  • 代替がききやすい
  • 社会インフラ寄り

これ自体は、良い悪いの話ではありません。

ただ、目立たない感謝されにくい評価が数字に出にくいんですよね。

こういう仕事ほど、雑にまとめられやすくなります。

街中でよく見かけるのが交通誘導の人に対して、ずいぶん横柄な対応する人いますよね。

夏は暑いし冬は寒い中でずっと立ちながらの仕事になるので体力的にキツイと思います。

けれども、ブルカラーとホワイトカラーじゃないけど「肉体労働=底辺」って考えの人が一定数いるわけです。

僕自身も肉体労働者なので、ちゃんと学校出てスーツしか着てこなかった人からしたら、「異質」な感じがするんでしょうね。

仕事で学歴が高い人達と関わったりするけど、「関わりたくないんだろうな」って雰囲気を出してくる人は必ずいますし。

まぁ、人間なので合う合わないがあるので、無理なら距離を取るのがお互いの為だと思いますね。

ラベルを使う側の心理

ラベルを使う側の心理

ここ、かなり大事です。

「底辺職」という言葉を使う人は、必ずしもその仕事を理解しているわけではありません。

多くの場合、

  • 自分はそっちじゃない
  • 下に落ちたくない
  • 安心したい

という感情の処理として、ラベルを使っているだけだと思います。

つまりこれは、「職業評価」ではなく「感情の仕分け」に近いんですよね。

「人の不幸は蜜の味」じゃないけど、「下」がいることで自分の優位性や安心感を得て、自己肯定感を上げているのではないかなと。

とくに評価を気にしている人だと「下」がいることに喜びを感じてたりする部分があるような気がします。

皆さんも経験ありませんか?

「人の評価を意図的に落としてまで自分の評価を上げようとする人」

こんな感じで、どこの場所にも「下」がいることを必要とする人がいるので、「底辺職」っていうのが成り立ってしまうわけです。

まぁ、僕は中卒だからずっと下にいるのであまり気にならないですけどね。(笑)

もし、「下」がいることに安心感がある人の意見を頂けたら嬉しいです。

考え方は人それぞれだし、否定するつもりはありません。

実際の価値はラベルと一致しない

ラベルと一致しない

現実を見ると分かります。

  • 止まると困る仕事
  • 誰かが必ずやらなきゃいけない仕事

こういう仕事ほど、「底辺職」と呼ばれやすかったりするんですよね。

でも、

  • なくなったら困る
  • 誰でもできるわけじゃない

この2つは、ちゃんと両立しています。

普段の生活の中で感じている事があって、ゴミ屋の人達を軽視している人多すぎやしませんか?

なぜかと言うと「分別」ができてない家庭があるし、地域のルールにあったゴミの捨て方ができていな人が必ずいます。

自分は捨ててしまえば関係ないかもしれないけど、その裏ではルールを守れない人のおかげで、仕事が必要以上に増えてしまっている人がいるわけです。

ここら辺は本当に疑問でしかありません。

勝手に「自分より下」ってラベルを貼って、「自分より下なんだから雑用はやって当然」とでも思っているんですかね?

僕は人との間に「上」か「下」をつける必要はないと思うし、「合うか」「合わないか」の距離感で調整すればいいと思います。

中卒と「底辺職」が結びつけられやすい理由

結びつけられやすい理由

正直な話、

  • 学歴で見られやすい
  • 選択肢が狭く見られやすい

この2点から、中卒は「底辺職」という言葉と一緒に語られがちになります。

でもこれは、中卒だからではなく入り口がそこに集中しやすいという構造の話なだけです。

中卒は社会的に学歴の低さから「底辺」にされがちで、その中で底辺職といわれるものが連想しやすいんでしょうね。

だから、「中卒=底辺職」になってしまうわけです。

僕はあまり人の評価を気にしないからいいけど、家族にまで影響が出るのは辛いものがあります。

直接言われた経験はないけど、社会のイメージからしたら「底辺家族」になるわけですよね?

だとしたら、下に位置付けられる母数が増えていって、どんどん「底辺層」っていうのが明確になってしまうじゃないですか。

そのような環境で育つ子供は「自分は下だ」って自己肯定感が低くなってしまうと思うんですよね。

ここら辺は本当に繊細な問題だと感じています。

問題は職業より「扱い」と「出口」

扱いと出口

本当の問題は、職業の名前じゃありません。

  • 学べない環境
  • 抜け道がない構造
  • 使い捨て前提の扱い

ここが固定されると、どんな仕事でもしんどくなるわけです。

逆に、

  • 学べる
  • 移動できる
  • 積み上がる

この要素があれば、ラベルはあまり意味を持たないと思うんですよね。

僕自身も底辺職といわれる肉体労働者でありながら、収入で例えると高い方になります。

これは、自分で学びながら積み上げてきた結果だし、移動できる範囲で上を目指してきたからこその結果なわけです。

実際に今の時代は進学率が上がっているので、大学に行くのが当たり前な時代に、中卒などの底辺職を担う人材が減ってきているんですよね。

そんな社会環境の中で「ブルカラー職でも年収1000万」とかが出てきています。

お金が全てではないけど、豊かさの象徴として考えてみると、底辺職とかは関係がなくなり始めているのが今の時代だと思います。

もちろん、上を狙えない職種もあるけど、上を目指せる環境もたくさんあるので、一概に全てが「底辺職」とは言えないのではないでしょうか。

ラベルと距離を取るという選択

距離を取るという選択

「底辺職」という言葉に、いちいち反応しなくていいと思います。

  • 否定もしなくていい
  • 誇る必要もない

ただ、「その言葉が何を説明していないか?」を見ればいいだけです。

ラベルは、現実を単純化しすぎるような気がします。

社会は本当に説明不足な部分が多いですよね。

「底辺職」といっても、その中にはたくさんの人がいるし、背景も人それぞれ違うわけです。

だからこそ、何か気になったり引っかかりを感じるのなら、「距離を取れば」いいじゃないですか?

底辺と思うかどうかは他人ではなく、自分が決めるものだと僕は思いますね。

おわりに

というわけで今回は中卒の僕が考える「底辺職」についてでした。

「底辺職」という言葉は、

  • 職業の価値を示す言葉ではない
  • 社会の感情処理から生まれたラベル

それ以上でも以下でもありません。

仕事の価値は、

  • 何をしているか
  • どう扱われているか
  • そこから動けるか

この3つで決まるわけです。

ラベルで人生は決まらないけど、ラベルを信じすぎると止まってしまいます。

距離を取って、現実を見る。

それが一番、安全で前向きな向き合い方だと思っています。

では、そんな感じで、

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以上です!!

ありがとうございました。

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